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旅に出よう(海外:その3)「バナウェイ」

■ ライステラス ■

 バナウェは、バギオの東北に位置する町で、そのライステラス(棚田)で有名である。1995年にはユネスコの世界遺産に登録されている。

 「バギオからバスでどのくらいかかったのだろう?」と調べてみると、7時間から9時間ほどバスに揺られなければならないようだ。距離的には、「マニラ-バギオ」間よりはかなり近いような気がするが、その辺は道路事情がかなり違うのだろう。今では全く記憶にない。

 さて、ここバナウェではユースホステルに宿泊している。かなり立派な建物だったような記憶がある。現在でも存在しているようで、ネットで調べてみると「バナウェホテル・ユースホステル」となっているので、ホテルも兼ねているために規模が大きかったのかもしれない。

 それで、今でも鮮明に覚えているのだが、この「バナウェホテル・ユースホステル」は町の外れにあって、そこに行くには町の中心地、つまり、バスターミナルから少し歩かなければならなかった。「歩く」ということに関しては、何十分も歩くわけではないので特に問題はなかったが…。

 問題は、犬であった。野良なのか、放し飼いされた犬なのかは分からなかったが、とにかくけたたましく吠えられた。ただ、遠くから吠えられる分には一向に構わないのだが、鎖などでつながれていないわけだから、「あいつはよそ者だ!」と分かると、走って近寄ってきて数匹に囲まれる始末である。

 実は、事前情報として、フィリピンは狂犬病の発症率が非常に高い国であるということを得ていた。その辺の事情は現在でも変わらないようだ。よって、旅行前には狂犬病と肝炎の予防接種は済ませておいた次第である。

 だからと言って、「噛まれてもへっちゃら!」などと言う気持ちにはもちろんなれない。目の前で吠えかかっている犬に対して、「シッシ、あっち行け!」と追い払うこともできないし、ダッシュでもして突破しようものなら、足をガブリとやられることは容易に想像ができた。こういう場合は全く無力である。ただ、立ち尽くすしかなかった。それでも、「このよそ者!」と言う感じでひとしきり吠えると、飽きたのか民家の方へ戻って行ってくれた。

 犬たちの後姿を見て、思わずため息ものである。「やれやれ」と胸をなでおろして、再び歩みを進めた。すると5分も歩かないうちに建物が見えてきた。チェックインを済ませた後、荷物を下ろしてフロントに戻ると、「食事は町の食堂でとってくれ」とのこと。つまり、それは、またあの犬たちに囲まれなければならないことを意味する。気が重くて仕方がなかった。

 名ばかりの食堂に置かれたイスに腰掛けて「さて、どうしたものか。1食抜くという手もあるが…」と、少し落ち込んでいると、一人の西洋人が「ハイ!」と声を掛けてきた。最初は、「どこから来たの?」とか、「バナウェには何泊の予定なの?」など、初めてあった旅人同士にありがちな内容のものであったが、私が、先程の犬の件のことを話すと、「それだったら一緒に食べに行こう!」と声を掛けてくれた。

 彼は、確かデンマーク人だったと思ったが、マニラからフィリピン人のガイドとドライバーの3人でバナウェまで来ていて、「ちょど、これから町に食事に行くところなんだ」ということであった。私にしてみれば、「断る」理由などは全くないわけで、「サンキュー」と言ってお言葉に甘えることにした。

 しかし、どうでもいいが、その車はもの凄い旧型のメルセデスで、「ちょっと、フロントライトが故障しているから、この懐中電灯で前の道路を照らしてくれ!」と手渡され、ドアから身を乗り出して懐中電灯で前の道路を照らさなければならなかったのを記憶している。

 食事中に、「明日はライステラスを見学してマニラに戻るので、乗って行くか?」という提案をしてくれたので、再びお言葉に甘えることにした。もちろん、それは「タダ」の訳はなく、結構払ったように記憶しているが、フィリピン人のガイドがいたお陰で、ライステラスを所有する農家の家屋などを見学することができたので、それなりに満足はしている。しかし、私が払ったお金は、ガイドと運転手で山分けしたのであろうか…。

 

上段の真ん中の写真と同じアングルで撮った現在の写真(トタン屋根が目立つ)

違うアングルだが、現在の集落の様子が分かる写真を掲載しているサイト

※上の張りつけたサイトでは、もしかしたら下にスクロールする必要があるかもしれない。

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日記「日々雑感」

 

■ 体 調 ■

 9日間も身体を動かすことができなかった。もちろん横になっていなければならないほどではなかったが、「よし、今日は動かすぞ!」という気にはなれなかった。喉の痛みに始まったカゼの症状が未だ治らず、現在は咳が出ている状態。

 昨日は軽く汗をかいてきたが、9日間も空いてしまうと「ボチボチやっていこう!」という感じになり、筋トレも有酸素も流して行ってきた。しかし、今日も咳は出ていて、これだけ完治するのに時間がかかるということは、もっと別の悪い病気なのかもしれない…。

 

■ 昔の思い出 ■

 押し入れの奥の段ボール箱から昔の写真がたくさん出てきた。祖父母、両親、自分のものなど色々である。親戚もたくさん写っているので、「このまま段ボールに入れておくのももったいない!」ということで、何とか共有できないものかとスキャナーでスキャンしているところである。

 しかし、両親と写っている小さい頃の写真を見ると、「頑張って育ててくれたんだな~」と涙が出てくる。

旅に出よう(海外、その3)「バギオ(その2)」

■ 少しは可能性を信じたが… ■

 バギオには植物園(Bauio Botanical Gargen)があるので行ってみた。園内を適当に歩き回り、ベンチの上に腰かけて休憩していると。年齢的に言うと22、23歳といったところか、アベックが私の隣のベンチに腰を下ろした。何となく会話が始まり、「園内を一緒に回ろう!」ということになった。

 一通り回ると、彼らから「夕食でも一緒にどうですか?」と誘われた。特に怪しい御誘いにも思えなかったので、「いいですよ」と答え、私の泊まっている宿で待ち合わせることにして、一旦彼らとは別れた。

 彼らは、ほぼ約束した時刻に宿にやってきた。3人で通りに出ると、男性の方が「どこかいいレストランは知っているか?」と聞いてくるので、もちろん「初めての町なので分からない」と答えると、「じゃあ、僕が知っているのでそこへ行こう!」ということになった。

 それで、そのレストランに向けて歩いているときのことである。彼が、「あっ、いけない。銀行のATMへ行ってお金を下ろさないと」と言い出し、私たちは近くにある銀行へ向かった。

 現在は、ATMは銀行だけでなく、駅や街中でもよく見かけるが、当時は恐らく銀行くらいだったように記憶している。それで、銀行に行くと、サービスの時間外でATMを利用することはできなかった。

 彼は、「いや~、困ったな!どうしよう?」と言いだし、私にこう提案してきた。

 「ここで食事は止めてもよいのだが、せっかく知り合ったし、いろいろと日本の話も聞きたいので、必ず明日返すので食事代を立て替えてくれないだろうか?」

 私は、「さて、どうしたものであろうか?」とちょっと悩んだが、一応彼の言葉を信じて、OKとうなずいた。ただ、念を押しておいた。「立て替えるのは構わないが、もし、お金が戻ってこなければ、旅を続けることはできないので…」と…。

 彼は、「絶対返すよ。宿泊している宿だってしっているんだから、心配しないでくれ!」と断言したので、私たちは再びレストランへ歩みを変えた。

 レストランは、高級とは行かないまでも、そこそこのレベルのレストランで、中央ではダンスショーなども行われていた。正直言うと、どのような料理を食べたのかはもう記憶にない。

 私たちは、一通り、食事やショーを楽しみレストランを後にした。もちろん、会計は私が済ませ、日本円で合計5,000円近く支払ったように記憶している。そして、3人で「楽しかったね!」などと会話をしながら、再び私が宿泊している宿へ向かった。

 そして、宿の前で「じゃあ、明日、必ずチェックアウトの時間までには返しに来るから」という彼の言葉を信じて、彼らと別れた次第である。

 翌日、私は北部のバナウェに移動するために、宿を11時にチェックアウトしなければならなかった。「来るかな~」と少しは可能性を信じたが、彼らは現れることはなかった。もちろん、そういうことも十分にあり得るとは思っていた。私は、バックパックを背負い宿を後にした。

 しかし、「彼らは、最初に植物園で私に声を掛けたときからそのつもりだったのであろうか?」とか、「それとも、最初はそのつもりはなかったが、たまたまそうなってしまったのか?」、または「最初からそのつもりだったのであれば、これからもそういう人生を送るのであろうか?」などといろいろと思い巡らしてしまった。

 いずれにしても、まあ、授業料としては、決して「安い」とは言えなかったが、勉強させていただいた次第である。もちろん、彼らの分の食事代が戻らなかったからと言って、旅が続けられなかったわけではない。

 

日記「まあ、どうでもよいことなのだが…」

 

 親戚や知人であれば別だが、よくテレビの番組でも「芸能ニュース」などのコーナーがあり、誰々が結婚したとか離婚したとかいうニュースを流したりすることがある。私は、そういうのには全く興味が持てないく、「けっ、騒ぎすぎ!放っておけば…」などと思ってしまうわけである。

 最近も、ある夫婦の離婚問題が話題になり、芸能ニュースなどでは毎日のように取り上げられている。旦那さんは俳優、奥さんは元モデルで日本人でなかったように記憶している。もちろん特に興味があったわけではなかったが、たまたまニュースで、その裁判の様子を取り上げているのを見てしまった。

 旦那さんは、「奥さんはストレスの根源で元の生活に戻ることはあり得ない」と主張している。一方、奥さんは「会えて嬉しい。元の夫婦生活に戻れると確信している」と主張し、正反対の意見になっている。「通常は」とう言い方が正しいかどうかは分からないが、「通常はお互いの欠点を挙げ、非難し合う」ような気がするのだが…。

 まあ、これも本人たちの問題だし、私がどうのこうの言うことではないのだが、ただ、正直、ちょっと思ってしまうわけである。人それぞれだが「あれほど旦那さんに嫌われているのに、元の夫婦生活に戻りたいなどと言うのであろうか?」と…。野田総理と小沢一郎の意見がまとまるくらい、どう考えても無理っぽい。どうも、奥さんは計算をして演じているような気がしてならない。まあ、どうでもよいことなのだが…。

旅に出よう(海外、その3)「バギオ(その1)」


■ ひと儲けしないか?!■

 バギオは、首都マニラがあるルソン島の北部の都市で、マニラから約250キロ北に位置する。記憶にはないのだが、恐らくバスで移動していると思う。調べてみると、マニラから5時間半から6時間半ほどかかるようだ。

 ここバギオでは、安宿に宿泊している。恐らくユースホステルがなかったのであろう。安宿の情報も、「地球の歩き方」を持ち歩いていれば特に問題はない。

 バスターミナルでバスを降り、地球の歩き方を片手にバックパックを背負って歩いていると、30代半ばくらいの男性が声を掛けてきた。例によって無視するのが一番である。 英語で話しかけられても、決して英語で答えてはいけない。とにかく「オレ、英語分からないだけど」とか「今、宿探しで忙しいんだけど、何の用?」などと日本語で適当に通すしかない。5分くらいはついて来たが、会話が全く成立しなかったので、それ以上やっても無駄だと思ったのだろう。諦めてどこかへ行ってしまった。

 「やれやれ」と思ってしばらく歩いていると、また別の男が話しかけてきた。一難去ってまた一難である。今回も、日本語で通していたのだが、ポロット英語が出てしまったのである。「しまった!」とは思ったが、もう遅かった。「なんだ、英語が話せるんじゃない!」と言うことになってしまった。

 目的としている宿まで英語で適当に会話をしなければならなかった。それから10分も歩いたであろうか、目的の宿が見つかったので、「じゃあ、悪いけど、オレは今日ここに泊まるので…」 と「さよなら」をしようとしたのだが、「オレ、ここ知っているよ!」と言い出す始末である。

 ビルの2階の部分が宿となっていて、2階まで階段を使ったが、当然、彼もついてくる。フロントでバックパックを下ろし宿泊したい旨を告げると、OKとの返事で、早速、宿泊の手続きを取った。

 「それでは、~号室を使ってください」と、部屋の鍵を渡されると、例の彼は、「荷物は重たいだろうから、オレが持って行ってあげるよ」と、部屋までついてくる始末である。部屋に入り、私は荷物をベッドの脇に下ろし、ベッドに腰掛けた。そして、いつまでも付きまとわれては困るので、彼に言った。

 私:「で、一体何の用なの?」

 彼:「オレの伯父が日本について知りたいと言っているんだ」

 私:「伯父さんが?」

 彼:「そう、ここからタクシーで10分くらいのところに住んでいるんだけど、一緒に来てくれないか?」

 私:「ん~」

 彼:「お願いだよ」

 私:「分かったよ。じゃあ、行こう!」

 今から思い返すと、なぜこのとき「分かったよ」などと言ったのかが全く分からない。どう考えても怪しい話にしか思えないのだが…。

 私は、デイパックだけを背負って、彼と一緒に通りに出た。彼がタクシーを停め、私達2人は乗り込んだ。10分も走っただろうか、タクシーは閑静な住宅街で停車した。

 彼が、「ここが伯父の家だよ」と指さした家は、そこそこの広さのある一軒家であった。彼がチャイムを鳴らすと、50前後の女性が現れ、応接間に通された。ソファに腰を掛けていると、やはり50前後の痩せた男の人が現れた。彼に「この人が僕の伯父さんです」と紹介されたので、私は立ちあがって握手を交わした。

 その伯父と交わした会話は、「日本のどこに住んでいるのですか?」とか「バギオの次はどこに行きますか?」などのように、旅行者と現地の人と間に成り立つありきたりなものであった。しかし、突然、彼がこう話題を変えてきたのである。

 伯父:「実は、私はカジノで働いているんだ」

  私:「へ~、カジノですか」

 伯父:「そう、ホテルのね。そこでいい話があるんだ」

  私:「いい話?」

 伯父:「そうだ。どうだ、二人で組んでひと儲けしないか?」

  私:「ひと儲け?」

 伯父:「そうだ、あなたがカジノに来てくれれば、勝たせてやる。で、儲けた分を山分けしよう!」

 この手もよく聞く話である。最初は勝たせておいて、結局、最後は負けて借金が残るという結果になる。

  私:「いや~、ギャンブルは好きでないし、それに、現金のほとんどはマニラにいる友達に預けているので

     手元には100ドルちょっとしかない。これは旅を続けるのに必要なお金なんだ」

 伯父:「またまた、本当はたくさん持っているんだろ?!」

  私:「いや、本当だ。たくさん持ち歩くのは危険だからと友達に言われ、彼に預けたんだ」

 会話を続けていると、最初に応対してくれた女性がビンビールを持ってきてくれた。手に取るとギンギンに冷えていて、上部が凍っているほどであった。

 この手のドリンクも危ない話をよく聞いている。つまり、差し出されたドリンクには睡眠薬が入れられていて、飲んだのは良いが、気が付くと、身ぐるみはがされていて道路にうずくまっているというパターンである。

 ちょっとためらったが、ビンには栓がされていて、私は3本あったビールのうち任意のものを選んだので、「恐らく大丈夫だろ」ということでゴクゴクやってしまった。

 伯父:「残念だな~、二人で手を組めば必ずもうかるのに…。」

  私:「いや~、それは残念だ!」

 それ以上押しても無駄だと思ったのか、彼の伯父が「じゃあ、オレはそろそろ仕事の準備をしないと…」と言い出したので、私達は、再びタクシーで来た道をホテルまで戻った。事なきを得た次第である。

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