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旅に出よう(海外:その3)「フィリピンの空港にて」

■ 先が思いやられる ■

 しかし、税関の前でのことだが、「これから税関だ!」ということで少し緊張したのか、トイレに行きたくなった。マニラはフィリピンの首都である。そこの国際空港なのだから、もちろん設備もそれなりだし、清潔感は保たれていた。 

 私は、荷物を目の届くところに置き、小便器に向かって放水を開始していたのだが、いきなり私の両肩を揉んでくる輩がいるのである。「何だ?何だ?」と振り向くと、どうも清掃員のようであった。一瞬、状況がつかめなかったが、放水を急に止めることはできなかったし、そのまま振り返ると、あらぬところに放水しそうだったので、とにかく急いで貯水タンクを空にし、ホースを格納したが、この間もずっと私の肩は揉まれた状態であった。

 とりあえず、振り返ってみると。清掃員はニコニコして、「ハロー」などと話しかけてくるではないか。右手は出していなかったが、その笑顔が何を要求しているかは理解ができた。もちろん、頼んでもいないのを勝手に向こうがしたわけだから、相手にしなくても特に問題になることもないはずである。でも、私は、「しょうがね~な~」と呟きながら、右手をポケットに差し込み、硬貨を1枚取り出した。

 それは50円硬貨であった。そえを彼に渡したが、本人は50円硬貨を手に取り「何じゃ、これは?」と言う感じのリアクションであった。きっと価値が分からなかったのであろう。どうでもいいが、「こんな国際空港、他にあるのであろうか?」と思わざるを得なかった。

 無事、税関を通過し、フィリピンに入国することができた。そして、入国者を迎える通路のところで、一人の男性が「Mr.~」と私の名前を書いた紙を掲げていたので、歩み寄って、「~さんですか?私は、~さんに紹介された~です」と挨拶をすると、「ようこそ、いらっしゃいました!」との答えが返ってきた。

 年齢で言うと、30半ばくらい、細身のメガネを掛けた「いかにも子供たちに勉強を教えている」と言う感じの男性であった。彼が「タクシーを呼んできますから、ロビーを出たところで待っていてください!」というので、「分かりました」と答え、そのままロビーを出て少し待っているときのことであった。10歳にもならないような現地のガキ、いや、子供が英語で話しかけてきた。

 「どこから来たの?」「フィリピン初めて?」、または「これからどこへ行くの?」などと聞いてきたので、適当に答えていると、彼がタクシーを呼んできてくれた。

 私は荷物をトランクに入れ、タクシーに乗り込んだのだが、先程の子がタクシーの窓越しにしきりに何かを訴えているのである。何を言っているのか分からなく、「はっ?」首をかしげていると、隣に座っている彼曰く、「話し相手になったのだからチップをくれ」と言っているとのこと。

 「話し相手って、一体何を言い出すんだ、このガキは!」と思わざるを得なかった。一向に諦める様子がなかったので、再びポケットに手を突っ込んで適当に硬貨を取りだすと、10円玉が2枚であった。それを、彼に、「ほら」と渡すと、それを見るなり「こんなもの要らない!」と返してくる。そして、今度は「ドル、ドル」とドルをくれと言っている。

 もちろんドルを彼にあげる気持ちは毛頭なかったので、横の彼に「もう行きましょう!」と言うと、彼も「そうしましょう」ということになり、タクシーを発車させた。しかし、フィリピンは、先が思いやられる旅になりそうだ。

 

旅に出よう(海外:その3)「フィリピンの税関にて」

■ とても小心者の私には… ■

 「はじめに」で書いた、セブ島へのダイビングツアーのメンバーの一人が、「いきなりマニラで宿を探して泊まるのはなかなか大変だろうから、知人を紹介してあげる」というのである。まあ、「不安は全くない」といったらウソになるので、お言葉に甘えることにした。

 その人は、マニラで、日本人の子供を相手にして進学塾を開いていて、現地の女性と結婚しているとのことであった。それで、「ちょっとその人に持っていってほしいものがある」と言うのである。まあ、よほど大きなものや「ヤバイもの」でなけらば特に問題もないと思ったので、「何でしょうか?」と聞くと、プリンター用のリボンなどのオフィス用品とのことだったので、快諾した次第である。

 出発の前日に、「じゃあ、これ頼む!」と渡されたカバンの中には、リボンなどのオフィス用品がけっこうたくさん入っていて、それだけで一つの手荷物となった。本人曰く、「まあ、全部、現地で買えないこともないのだけれど、日本から持って行った方がかなり安いんだ」とのこと。

 私はちょっと不安になり、「こんなにたくさん、税関で何にも言われないですか?」と聞くと、「まあ、大丈夫だと思うよ。もし、何か言われたらさ、いくらか袖の下を通せばよいから…」との返事であった。「袖の下を通す」と聞いて、とても小心者の私にはその様なことができるようには思えなかった。

 万が一、そのようなことができたとして、税関の職員が「悪いな、OKだ!」と言ってくれればよいが、とても正義感溢れる人だったらどうだろうか?「うっ、何だこれは?オレを何だと思っているんだ!」というような展開になれば、東南アジアへの旅は、1日目にして終焉を迎える可能性も十分にあるわけである。「最悪、ブタ箱行きなんてことにならないだろうな」などと、どうも悪い方へ悪い方へと思いを巡らしてしまうのだが、今さら断るわけにもいかないので、「じゃあ、渡しますから」と引き受けた次第。 

 当日、税関に差し掛かるところでは、「大丈夫かな?」との不安から心拍数が速くなるのが分かった。だいたい、私の風貌は、とても平均的な日本人のそれではなく、「こいつちょっと怪しいな」と思われても仕方がないものだった。悪い言い方をすると、オウム的、良い言い方をすると、ジーザスクライスト的というか…。

 まあ、「大丈夫かな?」などと不安になっていると、どうしても表情に出てしまったりするものである。「ベテランの職員であれば、ちょっとしたことも見逃さないに違いない」と思い、努めて平静を装って職員の前の台の上に荷物を置いた。職員は私の顔をチラチラと見ながら

 職員:「仕事ですか?」

  私:「いえ、旅行です」

 私の私物の方のカバンを開けながら

 職員:「何か変なものは持ってないですよね?!」

  私:「全然、大丈夫です。」

 職員:「じゃあ、いいですよ」

  私:「ああ、どうも」

 と、結果的には私の私物のバッグは少し開けられて調べられたが、頼まれた荷物は開けられずに税関を通過することができた。ポケットに10ドル紙幣を3枚ほど用意していたが、使わずに済んだ。助かった!

旅に出よう(海外:その3)「はじめに」

■「東南アジア」と決めていた ■

 自転車の旅から戻り、2、3日ボーっとして次の海外旅行の計画に取りかかった。この項は「旅に出よう!」の「海外(その3」になるが、実は、社会人になってから仕事関係の4名ほどでフィリピンのセブ島に3泊4日でダイビングに行ったことがある。

 よって、正確には、人生で4回目の海外旅行になる。そのダイビングツアーは、セブ島の空港を出ると、すぐに予約を入れておいたビーチのホテルの送迎車が来ていて、車から降りるとすぐにビーチのホテルにチェックインをした。滞在中も、1回ほどホテルから歩いていけるようなちょっとしたレストランに行って、エビや貝などの海産物を食べたが、それ以外は、ホテルの敷地内を出ることもほとんどなかった。航空券の購入や、ホテルの予約も他の人にお任せしていたので、とても「旅」と呼べるものではなかった。

 さて、今回は「どこにしようかな?」と迷うことはなかった。恐らく、自転車の旅に出る前から「次は東南アジアだ!」と決めていたはずである。まずフィリピンに渡り、次にタイを訪れ、マレー半島をシンガポールまで下って、再びタイに戻ってから帰国する計画を立てた。よって、「成田-マニラ」「マニラ-バンコク」、そして「バンコク-成田」の3種類の航空券を購入した次第である。さて、どのような旅になるであろうか?楽しみだ!

旅に出よう(国内自転車旅行)「9月18日 無事帰宅」

 

 9月18日、大学時代の友達に別れを告げ、都内を目指した。新宿で、大学時代の先輩が登山用品を扱うお店に勤めていたので、挨拶をするために立ち寄って。先輩には、今回の旅で使用したテントやレインウエアでお世話になっている。

 新宿から実家まではわずか30キロほどである。しかし、なかなか車道は交通量が多くて走れないので、歩道が中心となる。都内の道は、バイクで幾度となく通っているので、地図に頼る必要はない。そして、2時間も漕ぐと「ただいま~」と我が家のドアを開けていた。

 恐らく4月10日に出発をしているので、5ヶ月ちょっとの自転車の旅はこの日で「完結」を迎えた。とにかく、事故なども起こさず、無事に我が家に帰れたのは何よりである。色々な人に出会い、多くの人にお世話になってしまった。

 さて、2、3日はゆっくりして、次の海外の旅の準備をしなければならない。行く先はほぼ決まっている。

 

旅に出よう(国内・自転車旅行)「東北から関東へ」

 

 悪行をしてしまった青森のユースホステル以降は、基本的には、「国内バイク・ツーリング」の時にお世話になったは友人、知人のところに再びお世話になった次第である。

 そんな中で、途中でテント泊をしたのを今でもはっきりと覚えている。恐らく、宮城県辺りだったと思う、「どこかテントを張れるところはないかな?」と探していると、国道の脇に大きな更地が目に入ってきた。その横に民家があったので、一応、許可を求めるために玄関のブザーを鳴らした。

 60を過ぎたくらいの男性が出てきて、「隣の土地にテントを張ってもいいですか?」と訪ねると、「私の土地ではないが大丈夫じゃないか」ということだったので、陽も落ちかけている中、テントを張った。

 そして、テントの中で荷物の整理をしてたときのことである。テントを「トントン」と叩く音がするので、顔を出してみると、やはり60を過ぎたくらいの女性が立っていた。その女性からは、「こんなところに張らないで、うちの物置で休みなさい!」という言葉を頂いた。

 彼女は、最初に許可を求めた男性の奥さんであった。「はあ、済みません」と私はテントをたたんで、彼女に案内された物置に行ったのだが、物置というには立派で、「明日からでも住むことができそう」なくらいの建物であった。私は荷物を、適当にあちこちに置いていると、「ちょっと、母屋の方に来なさい!」と案内され、奥さんが、台所で味噌汁や焼き魚などを用意してくれていて、「たいしたものはないけど、これを食べなさい」と言ってくれた。

 私は、それらを「物置」に持ち帰って美味しく頂いた次第である。次の朝、出発の準備をしていると、旦那さんが来てくれて、「何かあったら連絡をしなさい」ということで名刺を手渡された。今では、その名詞はどこに行ったのか分からないのだが、色々な人のご厚意によってこの旅が成り立っているということをつくづく思い知らされた次第である。

 

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